松菊日記から転載 |
2007.03.08 なぜ幕末の人に俊才が多かったのか 明治維新ってやはり一種の奇跡だったのではないかと思うのですよ。だって尊皇攘夷派って、考えてみれば、ものすごく少数派でしたよね。長州藩のなかでさえ佐幕派がいて、尊攘派はみな抹殺されそうになった。他藩または脱藩した尊攘浪士だって個人ではなんの力にもならない。尊攘派本家の長州藩ががんばっていたからこそ勢力を維持していたわけで、事実「禁門の変」以降は各藩の勤王党が次々に粛清されています。こんなあやうく皆殺しされかかった少数派がよくふんばったなーって、なにか天の力が働いたとしか思えない。 それに維新を達成しても、しっかり教育を受けた指導者がいなければ、とてもひとつの国家を運営できるものではない。ほとんどが下級藩士だったけれど、その教育ができていたのですね。吉田松陰なんか見習師範とはいえ、数え年11歳のときに藩校で兵学を講義していた。橋本佐内も10歳で「三国志」を読破し、15歳で「啓発録」を著している。これは太平の世が学問を奨励する結果となり、最初は一定の藩士しか通えなかった藩校が、しだいに足軽など下級の者にも開放されるようになってきた。 流通経済が発達して財力のある町人が生まれて、その子弟たちが寺小屋などで熱心に勉強しはじめるようにもなった。だから他国に比べてあの当時でも日本の教育水準はかなり高かったらしいですね。 木戸孝允も教育こそが国の発展の源であるとして、国民全員が読み書きできるようにし、誰もが能力に応じた職に就けるような教育を浸透させることに熱意を注いだのですね。それが欧米先進諸国による侵略を防ぎ、敬意を払わせることにもなった。 現在はなにか教育が硬直しているような気がします。吉田松陰や桂小五郎や高杉晋作を生んだ幕末の自由な教育のあり方を見直す必要があるのではないでしょうか。 2007.04.30 日本国憲法と木戸孝允 「日本国憲法誕生」(TV番組)みましたよ。さすが公共放送ですね。民法じゃこういう番組作るの無理だったかもしれない。なんだかすごく胸が痛かったけど、勉強になりました。日本人が草案した箇条も入っていたのですね。「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利〜」って社会党の人が発案していたの。戦後は栄養失調で死んでいく人がたくさんいたからですって。 それから米人女性の通訳さんは「女性の権利」を入れるのにがんばってくれました。「婚姻は両性の合意のみに基づいて成立し〜」((第24条)は彼女が日本女性が嫌いな人とでも結婚しなきゃならなかったのをみてずーっと気にかけていたので草案した、と話していました。(アリガトね) 日本側が難色を示していて、米側が強力に採用を主張したのは 「内閣総理大臣その他の国務大臣は、文民でなければならない」(第66条)という箇所で、これを入れないと日本がまた軍国化する恐れがあると「極東委員会」からクレームをつけられ紛糾するとおどされて、ようやく承諾したそうです。つまり、シビリアンコントロールを徹底しろ、ということですね。 これって、木戸孝允がものすごくやかましく主張していたことですよね。西郷が陸軍元帥になったことを米欧視察中に知ったとき、木戸さんは「政治家を軍の総元締にするとは何ごとか」と怒っちゃった。井上や山県に手紙を書いて文句を言いました。「新聞雑誌」担当の長三洲にまで「政治家の私兵をつくってはならない」という意見を書いて送った。それで留守政府は、木戸がうるさくてかなわないから、と思ったのか、元帥の階級を廃止して、改めて西郷を陸軍大将に任じました。降格したということだったのかもしれないけど、木戸にとってはどちらだろうと、政治家が軍人を兼ねてはならないという原則を徹底したかったのでしょう。 日本国憲法に謳われた文民統治は木戸孝允の維新の理想だったのでした。 2007.11.13 「長州ファイブ」(DVD)を観た。祝・レミアワードグランプリ! やっと観ました「長州ファイブ」! 2週間ぐらい前にゲットしていたのだけれど、なかなか観る時間がなかったの。ヒューストン国際映画祭でグランプリ受賞していたのですね。知らなかった。こういう映画は外国人のほうが価値を認めて、より評価してくれるのかもしれません。では、改めて配役をご紹介いたします。 監 督 五十嵐 匠 配 役 山尾庸三 松田龍平 井上聞多 北村有起哉 伊藤俊輔 三浦アキフミ 野村弥吉 山下徹大 遠藤謹助 前田倫良 高杉晋作 寺島 進 村田蔵六 原田大二郎 佐久間象山 泉谷しげる 山尾さんが主役らしいけど、実際には最初は井上の行動が目立ち、その後は5人全員がいっしょに行動しており、最後の三分の一ぐらいで山尾の行動に焦点が絞られます。伊藤と井上が先に帰国したあとからですね。 最初の出だしは思ったよりも暗いです。暗くて、セリフが重い。高杉はちょっとイメージが違いましたね。齢よりは老けた感じで。他の人たちも含めて、全体的にもう少し若さがほしかったような気がします。 5人が「武士を捨てる」と言って、髷を切る場面は外国へ行く覚悟がよく出ていて良かったです。そして、密かに小船で英国船へ。無事脱出。ユニオンジャックをはためかせて、船は白い帆をいっぱいに張って大海原へ。 いざ英国へ――髭を生やしたむさくるしい恰好で、甲板をお掃除。嵐で吹き飛ばされそうになりながらも、なんとか英国に到着します。恰幅のいいキャプテンに「いろいろとありがとうございました」と5人全員が正座してお礼を言うと、 「ようこそ、英国へ、長州ファイブ!」とキャプテン。 ウィリアムソン博士の家でお世話になり、有名(?)な5人の洋装の写真の撮影場面。夫人がよく面倒をみてくれます。 馬車が走る街中、荘厳な国会議事堂、市中に鳴りわたるビッグベン。あっ、シャーロックホームズがパイプをくわえて歩いている! というのはウソ。単なる筆者の夢想です。鉄道をみて、30年前から走っていることを知ると、「こんな国に勝てっこない」と5人は悟ります。 やがて、新聞で長州が外国艦隊から攻撃されたことを知ると、伊藤と井上は日本に帰る決意をします。その後、遠藤は病気になって入院してしまいます。 「さくらが満開に咲いている。その散った花びらがみんなお札になる。日本でこんなお札を作りたい」と遠藤が言う場面では、イメージ映像で大阪造幣局の「桜の通り抜け」場面を出してほしかったな。 パブで山尾と野村が飲んでいるときに、あっ、来たよ。薩摩の留学生たちが5〜6人で。外国艦隊に砲撃した長州は身の程知らずだ、なんて悪口言って、野村が怒っちゃった。あー、喧嘩になった。英国のパブで薩長入り乱れての大ゲンカ! 笛が鳴ってる。ポリスが来たらしい。「おい、逃げろ!」とばかりに両陣営とも大慌てで逃げ出した。二手に分かれて逃げ込んだ路地で、山尾と薩摩藩士4人が冷静に話をはじめ、山尾が、 「造船の勉強にグラスゴーに行きたいけど、想いだけではどうにもならなくて…」 と言うと、薩摩人のひとりが察してポケットからお金を取り出し、山尾の手に握らせるのです。「あげるんじゃない。貸すのだよ」と薩摩弁で言うと、他の3人もみんな山尾にお金を渡してやります。 「ありがとう。この恩は一生忘れません」」と山尾。 これで薩長同盟成立。立ち去ろうとする山尾に、薩摩留学生が声をかけます。 「日本で逢おう!」 いいなあ、この友情。 そして、いよいよ聾唖のエミリと山尾との出逢い。うたかたの恋の物語がはじまるのです。なんか、長くなったから続きは次回ということで。 2007.11.14 長州ファイブ(DVD)つづき 山尾庸三の話ですが、彼はグラスゴーの工場で聾唖者が働いているのを見て、驚くのです。彼女たちの手話をじっと見つめていると、一人の娘が彼に近づいてきて、 「私たちが珍しいですか?」と筆談でたずねます。 「初めて手話を見たものですから」 山尾が答えると、 「手話を教えましょう」 娘は言い、まず「わたし」と「あなた」を山尾に教えてやります。 「日本から来たのです。あなたのお名前は」 山尾が聞くと、 「エミリー」と娘が答えます。 こんな感じでふたりは徐々に親しくなっていきました。 エミリーは貧しくて粗末な身なりをしているけれど、やさしくて、とても清らかな印象を受けます。 後日、二人が戸外で話をしているとき、 「日本には工業がないから、自分がここで勉強して生きた機械となって、祖国のために役立ちたい」と山尾が自分の志を述べます。 「あなたはえらいのね」 「君だってえらいよ」 「どうして?」 「だって、いつも明るいもの」 うん、なかなかいい雰囲気ですよ、このカップル。 別れたあとで、彼女の悲鳴を聞いて、山尾は駆けもどります。見ると、3人のならず者がエミリーに襲い掛かって乱暴しようとしていました。やめろ、と山尾が止めに入りますが、あらー、だめだ。一方的にやられちゃってる。血まで吐いてます。もう撲られっぱなしで地面に倒れてしまった。すると、そこに長い棒が落ちていて、山尾がその棒を手に持って立ち上がると、たちまち形勢逆転。ナイフを取り出した男の腕を木刀で一撃すると、他のふたりもえいやっ、と必殺仕事人。ジャパニーズサムライだー! そういえば、山尾ってたしか練兵館で修業していたのですよね。うん、小五郎仕込かもしれない。 そして、ふたりはエミリーの故郷のシェトランドへ。寒青色の海に白い崖。ここは北のさいはて。スコットランドでは大晦日の午前12時を過ぎて、最初の客が黒い髪の人だと幸運をよぶといって、縁起が良いのだそうです。エミリーの家族が玄関で出迎えたのは黒い髪の男、山尾庸三でした。蛍の光の曲をバックに静かに踊るふたり。見つめ合って、エミリーが山尾にそっとキスをする。あー、だめだよ、山尾君、ぼけっと突っ立っていちゃ。こんなときは、やさしく抱いてあげなくちゃね。 というわけで、5年の年月はあっという間に過ぎて、山尾はいよいよ日本に帰ることになります。最後の別れはあっけなかったけれど、フィクションなのだからこんなものでしょう。エミリーの言った印象的な言葉を思い出します。 「たしかにこの国は文明国なのかもしれないけれど、この国にはふたつの国民がいます。『持つ者』と『持たざる者』と――。そしてこのふたつはけっして交わることがないのです」 印象に残ったほかの言葉: ウィリアムソン夫人が帰国する伊藤と井上に語った言葉。 「いま、あなたがたが持っているものを活用して、持っていないものを手に入れるのです」 (現代の世での成功のヒントになるかもしれない) ウィリアムソン教授の言葉: 「君たちはいつか『なぜ生きるのか』と聞いたが、今答えよう。なぜ生きるかではなく、いかに生きるかが大切なのだ」 |