木戸孝允への旅はつづく 24


青年時代(江戸)

● 島津久光動く

坂下門外の事件と前後して、西国では慌しい動きが起きていました。薩摩の島津久光が精兵を率いて東上するという情報が京都や萩、江戸にも伝わってきたのです。これにすばやく反応したのが、久坂玄瑞ら尊攘激派でした。島津がついに討幕の兵を挙げる、と西国各地の勤王派は期待を大きくし、京都に集結しようと活発に動き出しました。この情報に動揺した長州藩は、九州の情勢を探るよう来原良蔵(小五郎の義弟)に命じました。その前に、肥後勤王党の指導者・宮部鼎蔵が長州を訪れて、島津上京に合わせて青蓮院宮の令旨が降るという話を伝えていたのです。来原は宮部の知友でしたが、長井雅楽の従兄弟でもあり、長井の公武合体策に理解を示していました。しかし水戸浪士による安藤老中襲撃にからんで小五郎が奉行所から喚問を受けているという報を聞いて驚きます。小五郎も松陰と同様に斬首されるかもしれないと思うと感情が高ぶり、久坂玄瑞と行動をともにしようとさえ考えます。久坂は長井の公武合体論で動いている長州藩に失望して、脱藩を計画していました。

九州の肥後藩では勤王党ばかりが突出して、どうも藩論がまとまっていないという事情が判明しましたが、薩摩藩では側役・小松帯刀の代理人として有馬新七、田中謙助、村田新八が来原と会い、「和泉公(久光)の素志はもとより公武間の調和にあるけれど、千余の兵をひきいて行くのだから、この機に勤王の旗を掲げ、挙兵の覚悟をかためていただくのだ」と明言しました。久光東上は3月16日ということで、これはもう大乱になると思い、来原は急いで下関に戻りました。豪商・白石正一郎の邸に久坂が泊まっていたので、来原は薩摩の情報を久坂に伝えました。久坂は「時、来たれり!」とばかりに喜悦して飛び上がりました。
一方、来原から報告を受けた藩庁は狼狽し、このままでは長州藩の出番がなくなると思い、来原に上洛を命じ、老臣・浦靱負にも率兵上京を命じたのです。周布政之助は逼塞の刑期を終えて、すでに14日に萩を発っていました。こうして24日に大阪で来原が周布と合流し、翌日に入京、4月11日には久坂が京都に入りました。彼は正式に浦の指揮下に編入されたので、脱藩しなくてもすんだのです。

大阪には薩摩の西郷吉兵衛(隆盛)が3月末から滞留していました。小納戸役の大久保一蔵(利通)が「諸藩や朝廷に名の知れた西郷を起用するべきです」と進言したのを、西郷嫌いな久光が受け入れたので、西郷は1月に流刑地の奄美大島から召還されていました。討幕派の暴発を抑えよ、という命をうけて、西郷は久光より先に鹿児島を発って下関に向いました。彼は大島三右衛門の変名で村田新八とともに白石邸に入り、長州藩応接役の山田亦介(村田清風の甥)と会いました。西郷は自身が興奮していたのでしょうか。山田には久光が討幕の戦いを起こすかのように伝えたので、山田は驚き、「内乱がはじまる前に禁裏守護と江戸にいる藩主父子救出のため斬死を覚悟で出発する」という書面を藩庁に送りつけて、許可を待たずに出奔してしまいます。分別も備わった54歳の男をこのような行動に走らせたのですから、よほど西郷の言葉は真に迫っていたのでしょう。このあと、西郷は下関で待てという主命に背いて海路、大阪に向ったのです。

来原は江戸から京都に来ていた長井雅楽と会って、またしても説得されていました。朝廷も幕府も公武合体を望んでおり、攘夷など不可能であること、薩摩藩の方針も公武合体であることを二晩にわたってこんこんと説かれたあと、来原は長井と同じ公武合体派の薩摩藩士・堀次郎とも東山の料亭で対面しました。
「西郷はなにを考えているのか。彼の動きによっては勤王派が暴発するおそれがある」という堀の懸念を知って、長井は「長州藩は騒動を起こした者は鎮圧して召し捕える。西郷に会って自重するよう説得せよ」と来原に命じます。来原は今度は逆の立場にたって、時山直八とともに西郷に会いに行きました。大阪で西郷は来原の口上を聞いて内心激怒しますが、表面上は微笑んで、これから京都に行かなければならないので、長井どのへの返答は帰ってからにする、と来原に告げます。来原は大阪で西郷を待つことにしましたが、すぐに帰ると思ったら、結局4日間も待たされることになったのです。

西郷は長井を金品を使って宮廷を操る奸物とみており、伏見で堀と会って、長井に同調する堀も許しがたい奴だ、斬るぞと脅したので、堀は震え上がって東上中の久光に訴えにいきます。彼は姫路で久光と会い、西郷の行状を直訴しました。このころ西郷は久坂と会って「大奸物、長井を斬れ」とすすめています。西郷は長井の建白書を入手して、藩方針の再考を願って久光に面会しようとしますが、久光はこれを拒否し、西郷を鹿児島に送還して、今度は徳之島に流してしまいました。一方、久坂玄瑞は長井雅楽弾劾の建白書を書いていました。


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