きどこういんへの旅

旅の始まり  「幕末編」の目次にとぶ

 明治維新編 開始 2011.12.22 終了 2016.04.26

明治1年
 (旅 84)戊辰戦争: 新政府の木戸と大久保彰義隊と大村益次郎(上野戦争) 
 (旅 85)浦上四番くずれ
 (旅 86)戊辰戦争(つづき) 大鳥圭介の動き、世良修蔵暗殺の真相

明治2年
 
(旅 87)戊辰戦争(つづき)函館戦争へ(奥羽越列藩同盟〜五稜郭落城まで)
 (旅 88)版籍奉還 − 木戸の苦心
 
(旅 89)新政府の苦境
 
(旅 90)薩長の対立 − 木戸 VS. 大久保
 
(旅 91)大村益次郎暗殺の黒幕(前編)
 
(旅 92)大村益次郎暗殺の黒幕(後編): 木戸の驚愕と慨嘆、犯人処刑の顛末

明治3年
 (旅 93) 諸隊叛乱 − 帰藩した木戸に迫る危機!
 
(旅 94) 西郷隆盛、突然の山口来訪(続・諸隊叛乱)
 
(旅 95) 木戸と大久保、民・蔵分離で再び対立
 
(旅 96) 大久保の一大決意

明治4年
 
(旅 97)広沢真臣暗殺事件
 
(旅 98)薩長、九州の叛徒対策でまたも対立!
 
(旅 99)廃藩置県の舞台裏
 (旅 100)岩倉使節団をめぐる紛糾

明治5年
 (旅101) 岩倉使節団は何を目指したのか 
 (旅102) 木戸、イギリスにて伊藤を叱る 
 (旅103) イギリスでの体験 & イギリスからフランスへ(続・岩倉使節団)

明治6年
 
(旅104) フランス、ドイツにて(続・岩倉使節団)
 (旅105) 留守政府 - 土肥政権誕生
 (旅106) 帰国後の木戸が直面した諸問題
 (旅107) 征韓か、内治優先か - 政府内の対立激化
 (旅108) 大久保・西郷、閣議で激突 − 『征韓論のゆくえ(前編)
 (旅109) 反征韓派の大逆転 − 『征韓論』のゆくえ(後編)

明治7年
 (旅110) 政府分裂後の不穏な動き − 岩倉襲わる!
 (旅111) 佐賀の乱で木戸・大久保結束
 (旅112) 台湾出兵と木戸の下野
 (旅113) 大久保の外交手腕 − 清国にて
 (旅114) 木戸、帰郷 − 長州士族の救済に乗りだす
 
明治8年
 (旅115) 国会開設への道を開いた『大阪会議』
 (旅116) 大久保 VS. 板垣、木戸板ばさみ
 (旅117) 板垣・島津、倒閣運動で連携
 
明治9年
 (旅118) 天皇の奥羽巡幸に供奉
 (旅119) 神風連・秋月・萩の乱 − 前原一誠刑死
 (旅120) 地租改正に因る農民一揆 + 西南戦争前夜

明治10年
 (旅121) 西南戦争(その1) - 私学校徒の暴発
 (旅122) 西南戦争(その2) - 政府側の動静+熊本城の攻防
 (旅123) 西南戦争(その3) - 田原坂の攻防+熊本入城
 (旅124) 西南戦争(その4)−西郷隆盛の最期
 (旅125) 白雲を望む−木戸孝允、京都に死す(最終回) ← NEW
 



幕末編 完結 2011.05.08

  目 次  
1. 幼年時代
2. 少年時代(前半)
3. 少年時代(後半)

   (青年時代)
4. 練兵館の塾頭になる
5. 小五郎、洋式兵術を学ぶ
6. 米艦乗組みを企てる
7. 造船術を学ぶ
8. 剣術家としての名声高まる
9. 京の朝廷、政争の渦中に
10. 安政の大獄(その1)
11. 安政の大獄(その2)
12. 吉田松陰、過激に走る
13. 吉田松陰、処刑される
14. 村田蔵六との出遭い
15. 高杉晋作という若者 
16. 桜田門外の変
17. 丙辰丸の盟約
18. 長井雅楽登場
19. 航海遠略策を斬れ!
20. 攘夷派の敗北
21. 坂下門外の変
22. ある水戸浪士の死
23. 小五郎を救え
24. 島津久光動く
25. 寺田屋事件
26. 奉勅攘夷へ
27. 来原良蔵の自決
28. 小五郎、奔走する
29. 晋作、覚醒する
30. イギリス公使館焼討
31. 幾松との出遭い
32. 長州藩の外船砲撃 
   (風雲篇)
33. 奇兵隊結成
34. 八・一八政変(その1)
35. 八・一八政変(その2)
36. 天誅組、生野の悲劇
37. 小五郎、京に潜伏する
38. 尊攘派列藩同盟なるか?
39. 新選組
40. 池田屋事変
41. 禁門(蛤御門)の変(1)
42. 禁門の変(2) − 来島又兵衛自刃
43. 禁門の変(3) - 久坂玄瑞自刃
44. 試練のとき
45. 天狗党の悲劇
46. 出石にて
47. 伊藤、井上、決死の帰国
48. 四国連合艦隊の馬関攻撃
49. 内なる敵(井上襲わる!)
50. 俗論派政権
51. 高杉晋作、決起!
52. 正義派諸隊、政権を奪取
53. 幾松の逃避行
54. 小五郎の消息
55. 小五郎と幾松の再会
56. 土佐浪士の動向(中岡と坂本)
57. 小五郎の帰藩
58. 粛然深夜の如し
59. 薩長連合への動き
60. 小五郎の政治手腕 
61. 征長の勅許下る
62. いざ、京へ
63. 薩長連合成る
64. 坂本襲わる
65. 幕長開戦前夜
66. 幕長戦(四境戦争1)
67. 幕長戦2(芸州、石州口の戦い
68. 幕長戦3(小倉口の戦い)
69. 小五郎の動向
70. 高杉晋作逝く
71. 船中八策(&天皇の崩御
72. 大政奉還をめぐる動き
73. 慶喜、大政を奉還する
74. 坂本、中岡、暗殺の日
75. 薩長軍の動静
76. 王政復古と小御所会議
77. 慶喜の反撃
78. 薩摩藩邸焼討
79. 鳥羽・伏見の戦い
80. 慶喜の大坂脱出
81. 新政府の多難な船出
82. 西郷・勝の会談
83. 五箇条の御誓文
つづき − 補記(宸翰について)
 知られざる木戸孝允の功績



2011年10月24日「明治維新編」の前文

前文

明治維新に関して、米国の知日派ジャーナリスト・フランク・ギブニー氏(2006年没。主な著書:「太平洋の世紀」上・下二巻)は次のように語っています。

明治維新が開発途上諸国に対してもつ意味が現代においてより大であるというのは、明治維新が最初の文化大革命だったからである。世界近代史において、ひとつの大きな国がその政治構造はいうにおよばず、社会、慣習、経済体制などを含めて、これほど徹底的に変化した例は、明治維新期の日本以外に類を見ない。

明治革命の模倣者たちは、失敗したとしても責められるべきではなかろう。当時の日本人がいかにしてそれを成し遂げたかは、いまでも理解し難いことなのである。


現在、世界の情勢は急速に変化しており、極東の小国で起きた百数十年前の出来事など顧みる暇もないでしょう。我々日本人はといえば、幕末維新の出来事を日本史の流れの中で捕えているので、外国人のように客観視することができません。まして大衆が記憶する歴史は単純化され、簡略化されていくので、細かな出来事は一般的概念の中にうずもれ、忘れらてしまうのです。

たとえば、幕末の長州藩は過激な攘夷思想の持ち主で、その決行者でもあり、朝廷に対してもそれを強要したかのように見られがちです。実際には、即今攘夷の過激な思想を持っていたのは朝廷であり、それを諌めたのが長州藩で、桂小五郎がその中心的な人物でした。しかし、孝明天皇の決意の固さに、長州藩も楠正成のごとき「君臣湊川」の決意を固めるに至ったのです。

維新以降の歴史においても、一連の士族の乱、西南の役などの大事件に注目が集まり、その過程で維新政府の重鎮たちがどのように行動し、葛藤していたかという詳細な状況については、あまり顧みられることがありません。人はある共通の目的に向かって時の権力者と闘っているときには固く結束しますが、ひとたびその共通の目的が達成されるや、内部抗争が勃発して分裂、昨日の味方が今日は敵となり、その闘いの成果を台無しにしてしまうことはどの国でもありがちなことです。

今日、維新政府の継続は当然のように見られていますが、その維持と崩壊は紙一重の差だったかもしれません。外部の士族や民衆の乱とは別に、政府内部において生じていた危うい事態に時の政治家たちはどのように対処し、その危機を乗り越えていったのか――それを知るには薩長両藩の中心人物たる木戸孝允と大久保利通の動静に注目することが一番の早道でありましょう。この二人の結束と葛藤が維新史を形成していったといっても過言ではないからです。

専制と寛容、果断と熟慮が交錯する維新10年間の激動の歴史を、偉大な二人の政治家、木戸孝允と大久保利通の活動に焦点を当てて、近く再開する「木戸孝允への旅・第二部 明治維新編」の中で語ってみたいと思います。



2004年2月23日開設時の前文

もしもあなたが孤独なら、わたしといっしょにきどこういんへの旅に出ませんか?
十歳のあどけない少女も、十五歳の多感な少年も、二十歳の希望に満ちた若者も、三十歳のちょっと退屈した主婦も、四十歳の疲れたビジネスマンも、五十歳の重責をになう企業幹部も、気の抜けた定年退職者も、八十歳のおじいさんも、おばあさんも、きっと一人ぼっちのさびしい瞬間があるはずです。
そんなとき、なぜ生きているのだろう、これからなにをしたらいいのだろう、と疑問をいだく人がいたら、わたしといっしょに旅にでませんか? 現代のわたしたちが共有する歴史への旅に――。いえ、そんなに遠い旅ではありません。ほんの百数十年まえにさかのぼるだけです。

世界が日本のとびらをたたき、突然、二世紀半もの長い眠りから醒めて、恐怖と混乱の時代をむかえたとき、わたしたちの祖先はどのように生き、亡国の悪夢と戦ったのでしょうか。 西欧列強による植民地化を許すまいと、一命を投げだして立ち上がったあの時代の若き志士たち――。彼らは徳川一藩を守ることだけに汲々としていた幕府を倒し、どのように文明開化、四民平等の統一国家をめざした明治維新を迎えることができたのでしょうか。

わたしはいま、幕末・維新の歴史ではあきらかに主役でありながら、きわめて地味で理性的であるがゆえに映画、ドラマ、小説でも、ほとんど主役として取り上げられない一人の人物をこのサイトの主役に迎えて、ひとりでも多くの人たちに、この人物、つまり「きどこういん」の人生、個性、魅力を伝えていきたいと思っています。

わたしにとっても「きどこういんへの旅」ははじまったばかりです。なんとか迷わないように、みなさんといっしょに最後までたどり着けたら、ささやかな役目を果たしたことになるでしょう。そして、今度は現在から未来への旅に出発しようと思います。そのときはみなさんに「最後のあいさつ」をすることになるのか、だれかまた、わたしの道連れになってくれるのか、それはそのときの楽しみにいたしましょう。

それでは旅支度はいいですか? いえ、手ぶらでだいじょうぶですよ。タイムマシンのスイッチオンです。さあ、出発! 

 
(注)木戸孝允の正式呼称は「きどたかよし」です。

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