オリオンの旅日記4 (山口)
木戸神社前
旅館から逃げる(つづき) 「はい、Mホテルです」 「もしもし、あの、一人でも宿泊できますか?」 「通常は二名様以上になっておりますが」 ああ、やっぱりだめだ、と諦めかけたとき、 「ただ、日にちにもよりますので。いつお泊りですか」 おや、少しは希望があるのかな、と思いながら、 「明日なんですけど――」 「少々、お待ちください」 明日じゃ、だめだろう、とあまり期待しないで待っていると、 「明日なら、だいじょうぶでございます」 うわー、やったー、と心の中で快哉を叫び、これであのひどい旅館から脱出できる、と喜んだのでした。平日だったのが良かったのか、それとも最近は不景気なのでしょうか。でも、私にとっては幸いでした。 旅館にもどって、いったん部屋に入りました。荷物は旅行バッグからほとんど出していないので、逃げる準備は整っています。旅館の人には早く言ったほうがいいと思い、すぐにまた部屋を出て階段をおり、人のいないフロントを無視して、廊下をへだてた左側にある調理場に入っていきました。若い女性従業員(旅館の娘?)がひとりで洗い物をしていたので、 「すみません。予定を変更して明朝、チェックアウトしたいのですけど」 「あっ、はい」 一瞬、彼女はきょとんとした眼で私を見ましたが、別に理由も聞かれなかったので、すぐに調理場を出て部屋にもどりました。これでようやく安堵したのですが、まだ難儀なことが待っていました。その晩はなかなか寝つかれなかったのです。枕が麦枕(と思う)で、慣れないのでぜんぜん眠れません。気のきいた宿なら、麦枕が苦手な客のために反対側は綿にしてくれると思うのですが、反対側も全部麦でした。1時間経っても、2時間経っても眠れないので、とうとう枕をはずして寝ました。 翌朝は、予定変更について別段文句も言われず、1泊分の勘定をすませてその宿をあとにしましたが、私以外に宿泊客はいなかったようです。ところで言い忘れましたが、私が泊まった部屋の名称は「菊の間」でも「桜の間」でもなく、「避難用具置場」でした(私は道具か)。部屋を客間に改修しても、名前を変更し忘れたのでしょう。 11月×日(四日目) 晴、にわか雨 貸自転車で街をめぐる 駅前のお店で自転車を貸していたので、借りて市内をめぐることにしました。荷物はお店で預かってくれました。さあ、木戸神社に行こう、と張りきって自転車のペダルをふみ、あらかじめ地図で確認しておいた神社の場所をめざして行きました。しかし、ここでも方向音痴を発揮して、本当に木戸神社の方角に向かっているのか、途中でわからなくなってきました。どこかお屋敷の長い壁を右に見ながら走っていたのですが、あっと驚くことに、その晩泊まることになったMホテルの看板が目の前に現れたではありませんか。 うゎー、湯田温泉まで来ちゃったんだ。どうやら曲がる道を間違えたらしいのです。だめだ、戻らなきゃ、とあわててもと来た道を引き返し、左に折れて、なんとか神社のある通りまで出ることができました。国道9号線(右の写真)で、ここも広くて非常にきれいな通りです。まだ季節的にもそれほど寒くはなかったし、自転車に乗って走るのが本当に気持ちが良かったです。ずいぶん遠まわりしましたが、ようやく木戸神社に到着です(上の写真)。 木戸さん、こんにちはー。 自転車からおりて、樹木にかこまれた境内に入っていきました。プラスチックの容器に神社の説明書きが入っていて、自由におとりくださいと書いてあったので、一枚いただいてきました。その説明書によると「故内閣顧問木戸(孝允)公は臨終にあたり、吉敷郡糸米村にある旧宅・山林を全て糸米の村民に寄付し、子弟の学資に充てるように遺言しました。(中略)糸米村の人たちはこの恩を忘れてはならないと、祠を建て毎年お祭りをし、その経緯を石に刻んで後の人たちに知らせることにしました」 そのあともちょっと泣けるようなことが書いてあって(木戸公は人や物をいつくしむ心が大変深く、ふるさとの人々のことも片時も忘れるはずはありませんでした云々)、最後に「糸米村の村民は深く公をしのび、その恩恵をうけたのです。(略)わずかな物ではあるが、その風土はすばらしく、これをはぐくむ山や水には公がいるようです。糸米の子孫の繁栄はまさに公がもたらしたものです。私たちは木戸公の恩徳を永久に忘れてはなりません」 木戸公の恩恵をうけたのは糸米村の人たちばかりではありませんよ、と心に呟きながら、私も木戸さんが祀られているお社に手を合わせてお参りし、しばらくじっと佇んでいました。やがて神社を出て、横の坂道を登っていくと、ちょうど木戸公園の整備のための工事をしていました。山に登ってみたいと思って、人気のない道をさらに歩いていきました。ところが空の雲行きがあやしくなって、突然雨が降り出したのです。ちょうど近くに公衆トイレがあったので、そこの建物に入って雨が止むのを待ちました。でも、どうも一人で行くのは危険なようです。途中に「まむしに注意」という注意書きが数箇所に見られたし、舗装されているとはいえ、人も車もほとんど通らない道を登っていくのは不安があります。それにこの雨ですし、貸自転車を神社前に置いてきていることもあって、今回は山に登るのを断念することにしました。それにしても、静かで、本当に景色のよいところです。さきほどの説明書には「土地は熟し、冬は温暖で樹木や竹が群生し、水は清く石を洗い、孤松は形よく野菊が香っています。この風景はかつて公の目を楽しませた所です」と書いてありました。 帰りはパークロードを通ってそこで写真を撮り、通りの美しい景観と雰囲気を堪能しました。夕方4時ごろもどって自転車を返し、山口駅からタクシーに乗って湯田温泉のMホテルに向かいました。さあ、待望の「維新の湯」には入れるのでしょうか。 |